顎関節症の治療は東京…ひきた歯科医院

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東京都中央区日本橋室町
ひきた歯科医院
診療時間:10時~19時
休診日:木・日曜、祝祭日
診療科目:歯周病、顎関節症、入れ歯、インプラント、矯正歯科、金属交換

院長紹介

医療法人社団渉恵会
ひきた歯科医院

 

院長 疋田 渉 (ひきた わたる)

 

 

私自身、『食べられない』・『顎関節症』・『歯による全身病』と闘ってきました。まだ病歴の浅い方には、信じられないと思いますが、治るまでに12年間を費やしました。

この現象は、私だけに特別起きたことではありません。一般的な歯科治療を受けている方は、将来的に私と同じ経験をする可能性があります。

なぜ、12年間も治らなかったのでしょうか?病気経験の長い方はご存知と思いますが、医療機関は、みなさんが期待するほど病気を治せないのです。症状を原因と捉えていることが多いため、薬・手術の対症療法が中心です。また、マッサージ・はり・整体・カイロなども歯をいじれないので、対症療法的な治療になっています。また、一般的な歯科医師は、全身を考慮する以前に顎のことすら考えないで治療しています。これが12年間治らなかった理由です。

『顎関節症』・『歯による全身病』は、決して改善または治らない病気ではありません。しかし、現在の歯科界の考え方では、悪化する方がでています。特に歯医者に行けば行くほど『食べられなくなる』のは、おかしな話です。ほとんどの場合治療法に問題があるのです。

 

歯は、体にとって大変重要な役割をする器官です。もし歯に不具合があれば食事・姿勢・呼吸などに悪影響を及ぼします。その結果、病気を引き起こすこともあるのです。当院で『口の中の環境整備』をしたら様々な病気が治ったり改善しています。このことからも歯科治療選択の重要性が分かると思います。

一般的な歯科治療は、体のことまでは考えていません。

ですから、私やあなたのような事が起きてしまうのです。

そこで、何年も自己人体実験を繰り返しました。私の全身症状を無くすには、波動レベルの繊細な治療が必要でした。当院の治療に波動も利用したことで多くの難症例の方が改善または治っていきました。

私たちが思っている以上に歯科治療は複雑なのです。

安易に歯科医院に入り、安易に治療され、私のように何十年も悩み苦しんでいる方がたくさんいます。

長年患いますと治すのに膨大な時間がかかります。できるだけ、早期に治療されることをお勧めします。

院長略歴

1965年千葉県生まれ。

奥羽大学歯学部卒。
勤務医を経て、ひきた歯科医院を開業。

2007年東京 日本橋室町に移転。食べられる喜び研究所、顎関節症治療研究所併設。

自らの10年以上に及ぶ自己人体実験の末「食べられない」「顎関節症」「歯による全身病」を克服。その闘病経験から、波動も利用した画期的な治療法を考案。罹った者にしか分からない苦しみ、治療を受けた者にしか分からない苦労を考慮した診療を実践する。

あなたが幸せな未来を手に入れるために参考にして下さい

【私の主な過去の症状】
頭痛・はきけ(とくに起きた時)・顔面痛・肩こり・眼の奥の痛み・眼が疲れやすい・視力低下・まぶたのチック・アレルギー性鼻炎(花粉症)・原因不明の発疹・耳鳴り・手のしびれ・のどの刺すような痛み・首の痛み・顎関節痛・顎関節音・口が開きづらい・すぐ風邪をひく・盲腸用の痛み・動悸・不眠・睡眠中体が痛く目が覚める・背中痛・腰痛・股関節痛・ひざ痛・腎臓痛・こむら返り・血便・血尿・上を向いて寝られない・皮膚病に罹りやすい・食べられない

 

歯が原因と分からない5年間の病院めぐりと闘い

事の始まりは、1988年12月ゴルフ場でおこりました。その日は、朝から雲ひとつない穏やかな暖かい晴天の日でした。17番ホールが終わり、最終18番ホールのティーグランドに向かって歩いていると、突然、雲域が怪しくなってきました。空がどんどん暗くなり、冷たい風が吹き荒れてきたのです。私は、心の中で全英オープンの一幕とリンクさせ心うきうき18番ホールのティーグランドにたちました。そして冷たいアゲインストの風に向かい低く打球を打ち放ちました。「痛い!!!」

今までに経験したことのない激痛が背中に稲妻のように走りました。私は、心の中で「急に冷えてきたから筋でも伸ばしたかな?」と思いセカンドショットに向かいました。

そしてセカンドショットを打ちました。「痛い!!!」ティーショットと同じ稲妻のような激痛がまた走りました。私は、明日になれば治るだろうと思いながらゴルフ場をあとにしました。


そして、次の日の朝、事件が起きました。朝起きると背中がものすごく痛いのです。ベットから起き上がり立とうとしました。しかし、背中が痛く背筋が伸ばせないのです。しかも、めまいとはきけに襲われ立っていることも出来ませんでした。運よくこの日は、冬休みなので一日中ごろごろしていました。


そして、2~3日同じ状態が続きました。しかし4日目の朝になると何とか歩けるようになりましたので、H総合病院に行きました。そこの整形外科で症状を話しレントゲンを撮りました。そこで大変な事実を知りました。医師がレントゲンを見たとたんに「お前、大丈夫か!!よく立っていられるな。」と強い口調で言われました。私は、いったい私の体に何が起きているのだろうと思いました。

レントゲンの説明を聞くと、なんと背中の肋骨の1本が剥離しているのです。通常でしたら、吐き気をもよおし立っていられないそうです。確かに2~3日前そのような状態になりました。しかし回復が早いことから、先天性のものではないかということになりました。


そして、1ヶ月程週1回のペースで電気治療と毎日シップ治療を続けました。しかし、背中の痛みは、一向に治る気配を見せませんでした。


どうしても痛みから開放したい私は、整形外科の先生に「どうすれば治るのですか?」と聞きました。

先生は、少し考えてから「手術しかないな」とポツリ言いました。

その後「もう少し電気をかけてみよう」といいました。病院の帰り道、私は、手術をすれば治るのかとすっかり手術をする気でいました。

しかし、3ヵ月後症状が一向に良くならないので先生に聞きました。「どうすれば良くなるのですか?」答えは「電気を続けなさい。」でした。

手術の成功率が低いからです。私は、直感的に通うのをやめました。


それから私は、背中の痛みだけでなく、腰も痛くなってきました。次にK国立病院にいきました。

ここは、大変混んでいたため、1時間30分待たされました。そこは、先生が3人程いました。私は、女性の先生にあたりました。

座った瞬間、その先生がせかせかしているのを感じました。女性の先生「どうしましたか?」と早い口調で話してきました。
私「背中と腰が痛いです。」
女性の先生「どちらかにしてください。」

私、心の中で「どちらかにしろと言われても、俺は、両方痛いんだよ!」「H総合病院で背中診てもらったから、今回は、腰にするか。」

私「腰です。」
女性の先生「それでは、レントゲン撮ります。」 


レントゲンを見て、

女性の先生「仙骨(お尻の割れ目の上にあるホームベース型の骨)にひびが入っています。」

私内心で「それは、大変なことだな。」

女性の先生「腰痛症の方によく見られます。」「湿布と生活時の姿勢の注意事項の紙をよく読んでください。」  

私は、また生まれつきか、俺の体は、いったいどうなっているのだろうとつぶやきながら、病院を後にしました。これから始まる長くつらい地獄の日々が待っているとは、私自身予測もしていませんでした。


歯科大学生は、勉強の他に入れ歯を作ったり、模型の歯を削ったりとなにかと机に長時間座り細かい仕事の連続です。

毎日背中も腰も痛いのですが、ある日の実習中にゴルフの時痛めた背中の部分に 鈍く重たく骨がねじれるような激痛が襲ってきました。

体の動きがピタリと止まりあぶら汗がじわーっと出てきました。呼吸をすることも出来ず、痛みが引くのをじっと待ちました。

2分後痛みは、引きましたが、それから、たびたびこの様な痛みに襲われました。


そして数ヵ月後には、寝ている時に背中・腰が痛くなり、起きてしまうことが1週間に2~3回のペースで起きるようになりました。

朝も体じゅうが痛く石のように塊り起き上がるのに10分は、かかりました。その為いつも寝不足の状態が続いていました。


その後、色々な方が言うように運動不足のため、筋力の低下と思い筋トレをしました。数ヶ月間は、調子が良いのですが、やはり背中は、痛いし、腰は痛くなります。


その後新たな悲劇が起こりました。

筋力トレーニング・ウオーキングがてら、ゴルフに行ったある日のことです。

歩っていると左ひざに違和感を感じました。「あれ少し左ひざが変だな?」

そして、ホールを重ねると痛みは徐々にましてきました。そして、15Hとうとうきました。

スイングをすると「痛ててて……」と左ひざに稲妻のような激痛が走りました。私は、痛みをこらえ びっこを引きながらのこり3Hを終えました。


次の日、少しは、良くみてくれる整形外科を探すために新たなF総合病院の整形外科に行きました。

レントゲンを撮りました。男の先生でした。

レントゲンを見てひざの円盤が磨り減っていますね。そのため、歩っていると円盤が落ちてくるのでしょう。それでは、湿布をだしておきます。「ここでも湿布だけか」「レントゲンを見れば誰でも分かる様な事しか説明しないのか」


これ以降、整形外科には、行くのをやめました。

一発屋(現在の脳神経外科)という痛い場所に太い注射を打つ場所に行きました。(神経ブロック)ここも患者さんがあふれていました。

今思うと私のように痛みで苦しんでいる人は、山ほどいたのです。効果は、2週間程でした。しかし、痛みは、またぶり返してきました。これは、当然のことです。痛い所にただ痛み止めを注射しただけなのですから、薬が切れればまた痛くなるのです。そして、何時までも続けなければならないのです。これが対症療法です。


私は、歯科医師国家試験に受かり、歯科医師になりました。その半年後に衝撃的な事実を知ることになったのです。

顎関節症の講習会でスプリント(マウスピース)を付けると頭痛・肩こり・腰痛・生理痛などが改善すると言う話を聞きました。私は、「もしかして歯が原因だったのか?」と思いました。

家に帰り、さっそくスプリントを作ってみました。そして、スプリントを付け寝たのです。そして朝、奇跡が起きたのです。いつも体中が痛く眠れないほどの痛みが、なんと朝起きるとまったくないのです。そして7年ぶりに深い眠りを体験しました。一夜にして劇的に治りました。長かった戦いにピリオドが打たれたと思いました。しかしこれからがこの病気の治療法との闘いがまっていたのです。


発病から7年を経て原因が判明しました。事の始まりが発病の2年前に受けた歯科治療だったのです。

A歯科医院で歯の治療をしました。5歯に銀歯を入れたのですが、最後の一本の時が問題だったのです。

歯科医師「高さは、どうですか?」
私「少し高いです。」

2~3度やり取りを繰り返し、

歯科医師「高さは、どうですか?」
私「やはり、少し高いです。」
歯科医師「入れたばかりだから、違和感があるのでしょう。直慣れますから様子見てください。」

とお決まりの言葉で、終了しました。しかし、1週間しても一向に慣れないので歯医者に行きました。

私「やはり高いので診て下さい。」
数度調整し、
私「やはり違和感があります。」
歯科医師「また様子診て下さい。」

そして、また一週間後も同じやり取りをしました。ほぼ1ヶ月間同じやり取りをしましたが、ある時消えました。

 

この現象を詳しく説明します。

歯を入れて、違和感が中々消えない時は、噛み合わせ・歯の大きさが体にあっていません。数週間して慣れたというのは、大きな間違いです。慣れたのではなく。実はどこかの骨がずれたのです。どのようなことかと言いますと、少し高い金属が入りました。脳は違和感として察知します。そして、このまま噛み続けると痛みを起こすと感じ取り、少し顎をずらし違和感の無い所を探し噛みやすい所で噛むようになります。そのことにより、片側噛みや頭が傾いた状態が続くため体がゆがんでいくのです。

要するに噛み合わせが慣れたのではなく、体をゆがませ悪い噛み合わせに体を無理やり合わさせてしまったのです。この様に歯科治療でゆがんだ体は、いずれ様々な症状を出すのです。特にブリッジを入れた時と多数歯治療時と前歯・犬歯治療時は、注意が必要です。

話を戻します。

私は、スプリント療法で夜の体の痛みは、ある程度解決しました。しかし、スプリントを付け忘れるとすぐ体中が痛くなります。また、外していると体がすぐゆがんできます。また、顎の位置が変わり噛み合わせがずれてしまうのでしっかり噛むことができなくなる。この様にスプリントには、たくさんの欠点が出てきました。

私は、色々なスプリント・プレート療法を5年に及びおこなってきました。しかしこれだけの欠点があるのですから症状を弱めはしますが治ることはありませんでした。むしろ今後の治療を難しくしてしまいました。

それに加え、噛み合わせがメチャメチャになった為食事が少し噛んでは飲み込むという悲惨な状態になりました。この状態もなんと5年以上続いたのです。

私は、講習会に行くたびに正しい顎の位置は、どこなんだと疑問がどんどん大きくなりました。しかし、講師の歯科医師の答えは、「患者さんの楽な所」「患者さんの気持ちいい所」「顎が行きたい所」「理想・基準・平均に当てはめる」などでした。これらの答えを達成するために日々自己人体実験を続けました。 結果は、治ることはありませんでした。人間の体は、人それぞれすべて異なった状態です。このようなあいまいな方法では治らないのです。

10年の、治療法探しの結論は、
歯科界に『体に対して、正しい顎の位置・噛み合わせ・歯の大きさ・金属を調べる検査法』がどこにも存在しなかった。
のです。このような状態で日々歯科治療が現在もおこなわれているのです。私は、怒りを通りすぎ悲しみを感じました。

しかし、あきらめずに色々な分野の勉強を続けました。思いは通じるものです。発症から12年、完全に治るまで何十種類もの治療法を試し改良に改良を重ね、やっと私の体は、治っていきました。ひきた式『歯顎体整治療法』(波動も利用した歯科治療法はひきた式『歯顎体整治療法』の一部です)が完成です。

これで、12年間の『食べられない』『顎関節症』『歯による全身病』の闘病生活の旅にやっとピリオドが打たれました。

現在では、ありがたいことに年齢に逆行し年々健康度が増しています。